生息域
してん 境目今朝、テレビで淡水と海水の交わるところには限られた生物が生息している、というのを聴いた。
そこでしか生きられない植物もいるのだと。
淡水と海水、同じ「水」でも、其処に含まれる栄養素や役割はちがう。
その、淡水と海水の交わるところにだけ生息できる植物というのと、自分とを思わず重ねてしまった。
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わたしは大学1年生までいわゆる「純粋美術」と呼ばれる分野のことしかまともに知らなかった。他の分野に興味をもてなかった。ひたすら、「自分とは」という問いと、自画像との間をぐるぐると回っていた。そのレールから脱線させてくれたのが、工芸だった。大学に入ってから、自分という人間を油絵で探求することに限界を感じていたし、そもそも「わたし」という存在にどれだけ価値があるのだろうかと疑問をもち。自分自身にも、「自己表現」という言葉そのものにも興ざめしてしまっているような状態に陥った。その渦中、クラフト概論(現筑波大学の芸術専攻内にある工芸概論と同じ)を通じて、日本には「機能美」、「用の美」というものがあるのだということを知り、何かすがるような思いで専攻を移った記憶がある。自分が何ものかということを問わなくても、必然としてある美、素材そのものの美、そこを発端として成り立つ表現。自分という人間と少し距離をとれるのではないかとその時は思っていた。
大学2年の時に、硝子、木工、陶芸と授業を受け、自分の肌に会うというよりかは、「私に必要だ」と感じたのが陶芸だった。
陶芸と共にあると、「わたしは何者か」と思わなくても其処に自ずと自分を感じることが出来た。それは、例えば会話には他者が必要なように、土が他者として其処にいたから。対話の相手でもあり、自分を映す鏡でもあり。一緒にいれば安心だと思えた。
油絵の時には正直、自分を自分で締め付け凝り固まってしまって居るところがあったから、陶芸はその凝りをほぐすような存在でもあった。
ただ最近思うのは、その心地よさで自分の気持ちを濁して、曖昧にしすぎていたところもあったかもしれないなということ。悪い意味で、「工芸的」な部分があった。
ここまでのすべてが、というわけではないけれど。
大学の時陶磁領域の教授に、「素材に自分のイメージを押し付けるな、素材の声を聴け。ただし、素材に任せすぎてもいけない」というようなことを言われた。無意識のうちに後者になっていた気がする。恐らくそれは、無我というような神聖な境地ではなくて、無責任に近いものだったと思う。もっと、「わたしは感じる・思う」ということを鮮明に現してもいいのだと、今回の工芸回廊を中心としてわたしが金沢で観て・経験したことを通して、それを確信した。
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わたしは、どう考えても根っこには油絵の具のような粘り気や湿度がある。わたしの油絵は厚く塗り重ねた絵の具の表面が乾いても、内側は生々しいままであることが多く、乾くまでに恐ろしく時間がかかった。わたしはどこまでも人間臭くて「どろっ」としたところに表現の源をもっている。いまもそれはかわらない。
一方で、視覚的にかたちになるまでのプロセスには、工芸の視座(素材からわたしを眺める)はわたしにとってとても役立つ。前述したような「どろっ」として湿度と粘性の高い「わたし」を、外側から、或いは内側から眺めるために。素材の立場から、自分自身を俯瞰できる。そうすることで自分に溺れずにいられる。陶芸は表現の手法からして理知的で、建設的、論理的。破綻がない。
だからわたしは、今のところ陶芸を表現の手法として選んでいるのだと思う。自分の主観に溺れないために。
でも、「工芸の視座」は、工芸特有のものかといったら実はそうでもないと、わたしは思っている。
わたし自身は、大学1年の終わりに油絵から離れ、クラフト領域に専攻を移し、そこで工芸で大切にされている「素材と作家との対話」を知ることで、素材の性格を大切にするようになった。陶芸によって、自分自身との距離のとりかたを知って、自分を俯瞰する方法を体得した。
とはいっても、なにもそれは、工芸と呼ばれる領域に属する作家の「特別」というものでもなく。
絵画、彫刻、現代アートと呼ばれる領域に属している作家でも素材や、素材との関係性を大切にしているひとたちは多くいて、自分と表現とを切り離して俯瞰できる人も多い。表現のために必要な職人的といっても過言でない技術を持っている人だっている。それは自分と使いたい素材との間で必然的に生じたもので、「伝統」とはいえないかもしれないけれど、それであっても技術は技術だと私は思う。寧ろ自分自身の探求の先にそれを独自に見出しているという点で、私は感嘆することもある。
工芸とアートには境目はないし、上も下もない。距離は離れていても同じ地平に並置されていると私は観ている。
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そういう見方をするのは、わたしが陶芸を表現手法にしているからで、工芸の視座に救われたからかもしれない。だけれど、前述のようなことを想う度、はたしてなぜわたしたちは工芸や美術やと分けられてある必要があるのかなと、改めて不思議に思う。
いや、わかる、制度的なことだとか、伝統のことだとか、いろいろあるのは理解はできるけれど、作家という立場では解せない部分が大きい。
時々私は淡水と海水の混ざりあう領域に自分がいるような心地になる。そこでしか生息できない植物のように。わたしも、淡水の生物にもなれなければ、海水の生物にもなれない。
表現している渦中、そんなことは意識に昇らない。意識的にはならないといったほうがいいかもしれない、とにかく考えたりはしない。美術とか工芸とかアートとか自分がどこにいるか、だなんて。
ただ、潜在的に意識の中にはその線引きがあって、どれだけかわからないけれどわたしの制作に影響を及ぼしているのではないかということを、此処に来て感じるようになった。
とりわけ、造形にそれが現れてはいないかと。
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金沢で「ダブルサイレンス」を観た時に、わたしが求めて、且つ現時点の感覚として近いのはこういうものだと素直に感じた。伝統工芸展をみたときに、わたしはこのあたりには居ないなというのを感じた。私の今現在制作している作品はじゃあどちらに近いかというと、「工芸」的な造形。
繰り返すけれど、どちらに寄ったらよくて、或いは悪くて、という話ではない。そうではなくて、ただ、自分の「素直」な感覚、求めていること、それと、表に出てきているものとの間に横たわるこのギャップは、いかがなものだろう、と思った。
わたしはこれまで「わたしは自分の感覚に素直だ」と思ってきた。そう思っていた事に嘘はない。でも、素直になりきれていなかったのかもしれない。そのことを、現時点わたしは素直に受け入れるべきかもしれない。あえて、「べき」と思う。
本音と建前のような関係に、わたしの本心と作品が、なっていたかもしれない。
それも別に悪いことではなくて、寧ろ私らしい側面が出ていたのだと思う。それも正直さ故だったのだなと。
これまでならこうした事実に気付くと愕然として肩を落として目の前が真っ暗になったと思う。でも今は、やっぱりそうだったか、と他人事のように納得しているわたしが傍らにいる。ずっと隠れて覗いていたらしい私の中の私に、肩をポンポンとされているような感覚。
一気に脱力して、しばらく休んでみようかなという気持ちになっている。
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わたしがいるのは、淡水と海水の交わるところ。交わるところでゆらゆらと葉をゆらしている。私自身は此処から動かないけれど、向こうから淡水が流れ込んできても、あちらから海水が流れてきて、ここは常に流動している。
わたしはこのまま葉を揺らしてその流動を感じながら、どちらの栄養も自分に必要なかたちとして取り込んで生きていく。ときどき海水よりになるし、ときどき淡水よりになるし、どちらもわたしには必要。だから、わたしは敢えてここを選んで生きているのだと思う。